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今日も旅ゆく

好きなもの、思い出すことなど@express_shinano

去る年を振り返る

申年が去ります。

100万人くらいに使い古されたネタだとは承知しつつもこの言葉をとにかく口にしたかった。申年が去るのです。

無職で迎え、仕事に追われて終わろうとしている2016年を簡単に振り返ります。

 

【1月】

・無職で年明け。社会人になって途絶えていたお年玉が、無職だからという理由で復活。おばあちゃんから新札のお年玉をいただく。

・公務員試験受験を決意。(結局ほぼゴミと化す)通信教育を申し込む。

・福岡で記録的な大雪。道路も凍結する中、佐川急便のおじちゃんがボロボロになりながら通信教育のテキスト(40冊近く)を配達してくれる。

 

【2月】

・城島の酒蔵開きイベントへ。しこたま酒を飲む。会場を出た直後にガスボンベ爆発事故。

・酒蔵開きイベント後、母がインフルにかかる。自分もなんだかやる気をなくし無勉が続く。

・転職イベントで元銀行員に対する悪口を聞く。

・ハロワの職員と少し揉める。

・親戚の子供に「無職って何?」と聞かれる。

 

【3月】

・先輩のところへ職場訪問のために上京。フォロワーにも会い楽しく過ごすも東京のデカさに驚き自分が田舎者だということを痛感。意識高い人の話を聞いた後、飯田橋駅で鼻血を出す。高いビルに恐れおののく。新宿駅で迷子になる。

・勉強はほとんどせず。ツイッターに""真剣""

・ハロワに行く。

・公務員の説明会で""ヤバい""奴らを目の当たりにする。

 

【4月】

・野球に行く。

・ハロワに行く。

熊本地震。人生で一番揺れる。緊急地震速報の恐怖で寝られず。

・20日頃からいよいよヤバいのでは?と思い勉強を本格化する。まだ主要科目が全然終わってない。

 

【5月】

・野球に行く。

・ハロワに行く。ハロワの職員と少し揉める。

・勉強する。家では勉強できないので毎日図書館へ。

・月末に初の公務員試験。数的が鬼難しくて試験中に完全に無になる。

 

【6月】

・野球に行く。

・ハロワに行く。ハロワ卒業。

・公務員試験本格化。

・帰ってきたヒトラーを観に行くも横にクッチャラーが座り無になる。

 

【7月】

・野球に行く。

・面接シーズン。

・特に面白いことはなかった。

 

【8月】

シン・ゴジラにハマる。

君の名は。にメンタルをやられる。

・10月からの採用が決まる。

 

【9月】

・毎日シン・ゴジラのことを思う。

・朝ドラ「とと姉ちゃん」に対する怒りのツイートを連発。

ソフトバンクが無様な姿に。

・メンヘラと長崎旅行へ。死ぬほど振り回されて二度とこいつと旅行に行くものかと思う。

・無職最終週に写真整理。自分の昔の写真を発掘するもほぼ全てが「自意識過剰なブス」の写真でブルーな気持ちが加速する。

 

【10月】

・再就職。初日からガッツリ残業。月末には休日出勤。半年は定時だろうという甘い考えが初日で打ち砕かれる。

・指導担当が神も驚くレベルの上から目線野郎だった。毎日イライラをためこむ。

・あのゲーム差でソフトバンク敗退。Vやねんソフトバンク

・フォロワーが激減。今も続く。

 

【11月】

・仕事

ポケモンを思うように進められない

・指導担当がゴミ

 

【12月】

・仕事

・切り絵を再開。

・指導担当がゴミ

・紅白のシンゴジラのノリに涙を流す。

 

環境が変わり「変化」の一年でした。精神的にボロボロになって銀行を退職した昨年に比べたらとても良い年だったと思います。仕事に慣れるのに必死で、キツイ時もあったものの、逆流性食道炎が完全になくなり健康になりました。ストレスの質が違うのだなと感じています。合わせて金融業は本当に向いてなかったんだなと痛感する。

公務員試験についてはまた別にまとめます。

 

来年はもっと勉強して指導担当の手を借りずスムーズに仕事が進められるようにしたい。

趣味に時間を費やす余力もなかったので、あちこち足を運んでカメラを活用したいし切り絵もしたい。あとちゃんとブログを更新します。

 

2016年は温かい言葉をかけていただくことも多く、みなさまには大変お世話になりました。

来年もまた、よろしくお願いします。

散る桜の話

古典・和歌 日常

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桜も盛りを過ぎ、散り始めている。

今年はお花見らしいお花見もできなかった。お花見は好きなので悔しい。

お酒を飲んで桜の下でゆっくりと時間を過ごす、そんな贅沢をしたかったが、この楽しみは来年まで持ち越すこととなった。

 

花見に関して、西行がこんな和歌を詠んでいる。

 

花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の 咎にはありける

『山家集』八七 西行

「花見に人が大挙してやってくることだけが、あえていえば桜の唯一の罪であり、残念に思うべきことである」

 

うちの周辺は閑静な住宅街なのだが、近くに桜が綺麗な広場がある。つい先日、21時近くになっても花見で大騒ぎする軍団がいた。早寝する人は寝始める時間帯だろうに、飲めや歌えやの祭状態で、結局通報されたのだろう、警察にしっかり叱られていたようだった。お花見が楽しい気持ちはわからんでもないけれど、周りに迷惑をかけてはいけない。いい大人は特に。

花見を理由に人が集まって、ご飯を食べたりお酒を飲んだり、やがてはガヤガヤ騒ぎ出す……その光景を見て、なんだか西行の言っていることがわかるな、と思った。

桜はできれば一人で静かに楽しみたい。大勢でワイワイ飲むのも好きなのだが。根が暗い人間なので。

 

わたしは、桜が散る様が一番好きだ。

 

桜花 時は過ぎねど 見る人の 恋ふる盛りと 今し散るらむ

万葉集』 巻十・一八五五 詠み人知らず

「桜の花は、まだ盛りの時は過ぎていないのに、恋しいと思ってくれる人がいるうちに、今がその時だと思って、散っていくのだろう」

 

桜は枯れない。めいっぱい開いた状態から、はらはらと散っていく。

実に潔い姿だ。桜を楽しむ我々に、枯れ果て腐り落ちる姿を見せることもなく、一番愛されるときに、まだ咲いていてほしいと惜しまれるうちに、見事に散っていく。

人間も「引き際が肝心」ではないけれど、桜の姿を見習いたいものだなと思う。惜しまれながら身を引くのが一番幸せな終わり方ではないか。

 

また、桜が散る様子は、「花吹雪」「桜吹雪」と雪のように喩えられる。

 

またや見ん 交野のみ野の 桜狩り 花の雪散る 春のあけぼの 

新古今和歌集』巻二・春歌下・一一四 藤原俊成

「また見ることができるであろうか。交野(かたの)の御料地で桜狩りをしたときに見た、桜の花が雪のように散る、春の明け方のこの美しい景色を」

 

明け方に散る桜を見たことがあるだろうか。

京都に住んでいた頃、朝まだきの時間に、鴨川に散る桜を見に行ったことがある。春の京都はどこも地獄かと思う程に人がいるのに、朝も早かったためほとんど人がおらず、景色を一人占めできて非常に得した気分になった。

風もないのに、花びらが静かに降りしきるあの光景は、雪と見まがうほどで、本当に綺麗だった。俊成が見た光景とは場所も時代も違うけれど、この感嘆は同じだろうなと思った。

 

 散りそむる 花の初雪 ふりぬれば ふみわけまうき 志賀の山越え

 『山家集』一一三 西行

「桜の花の雪が降りしきって道を染めているので、踏みしめて進んでいくことがつらいよ、志賀の山越えの道を」

 

散る様も美しいが散った後の花弁も綺麗だ。花見をしているときにコップに花びらが落ち、風流だと思ったことがある人もいると思う。(紙兎ロペでも紙コップに花びらが落ちるのを「一風流」として競っていた話があった)

散った花弁は地面に絨毯を作る。桜色の絨毯だ。それを踏み荒らして歩くのは惜しい気持ちもする。冬場、雪が積もって真っ白になった地面を歩くのがなんだか勿体ないのと同じように。

 

散る桜とそれに関する和歌をいくつか取り上げたけれど、散り始めはこれからという所も、まだ満開になっていない所もあるみたいで羨ましいなという気持ちもする。

わたしはまた来年を楽しみにしたい。それまでに定職にも就いていたい。

 

あと、桜が嫌いだという人もいると思うけれど、そんな人には坂口安吾桜の森の満開の下』や梶井基次郎の『桜の樹の下には』がお勧めです。どちらも「青空文庫 Aozora Bunko」で無料で読めるので、読んでみてください。

古典文学に見える地名~京都深草の地から

古典・和歌

大学入学を機に、福岡から京都へと引っ越した。

 

引っ越してきた当初はまず、京都市内に存在する神社仏閣の数に驚嘆し、寺町・新京極といった繁華街の中に錦天満宮蛸薬師堂、誠心院が当然のように紛れていることに新鮮さを感じた。

「歴史都市」京都を堪能しようと、清水寺鹿苑寺金閣慈照寺銀閣京都御苑・二条城・嵐山…等といった有名スポットをあちこち巡った。

 

一通り有名な史跡を回り、京都での生活にも慣れてきた頃のことだ。丹波橋駅から、京阪電鉄の列車に乗る機会があった。出町柳行きの各駅停車である。

京阪電鉄を利用する際にはいつも特急を利用していたため、丹波橋の次に停車する七条までの間の駅については気にも留めたことがなかったのだが、普通列車は嫌でも停車する。丹波橋から数駅のところで、ここはどのあたりだろうと、ふと駅名標を見てみるとそこには「深草」とあった。

 

「深草」は非常に聞き覚えのある名前だった。大学で専攻している平安期の文学作品の中で幾度か目にしたことのある地名だったからである。

  

深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け

 上野岑雄/『古今集』巻一六・哀傷・八三二

 

むかし、おとこありけり。深草に住みける女を、やう〱あきがたにや思ひけん、かゝる歌をよみけり。

年をへて住みこし里を出でていなばいとゞ深草野とやなりなん

女、返し、

野とならば鶉となりて鳴きをらんかりにだにやは君は来ざらむ

とよめりけるにめでて、行かむと思ふ心なくなりにけり。

 『伊勢物語』一二三段

 

夕されば野辺の秋風身に染しみて鶉鳴くなり深草の里

 藤原俊成千載集』巻四・秋上・二五九

 

 具体的な本文は割愛するが『源氏物語』「藤裏葉」で出てくる極楽寺や、能「通小町」の登場人物深草少将の伝説もこの地に残る。

深草には、桓武天皇仁明天皇をはじめとして皇族の墓が多く、平安時代は貴族の別荘地であったらしい。そして和歌には「鶉」が一緒に詠みこまれた。深草は平安文学に愛された土地であった。

平安文学に見受けられる地名が、こうして現代に残っているということに、その時の私は深い感動を覚えた。

 

現在深草は開発が進み、京都教育大学や龍谷大学などの学校用地や住宅地となっているが、山野に目を向ければ、まだ美しい竹林や自然の風景も残っている。

実際に深草の地へ足を運んだこともある。新しく整備された大岩山の展望台から伏見区側を望めば、藤原俊成が和歌に詠み、平安時代の人々が同じように想像したであろう、寂しい深草の里の光景が自然と思い起こされた。

具体的な形のない地名ひとつをとっても、そこに平安時代の人々の心性・感性が根付いている。そして、地名を残しているということは、現代と平安時代は確かに繋がって存在している証拠になる。

 

今回は深草に重きを置いて話を進めたが、このような土地は勿論深草だけではない。

日本には古くから存在する地名が多く、通りの名前一つをとっても歴史を感じるものばかりだ。それらの地名は物語に織り込まれ、和歌に詠みこまれる。

その土地を舞台とした文学を紐解いていけば、そこに連綿と続く歴史・人々の生活を感じ取ることができるのは先に述べたとおりだ。そして、実際にその舞台を歩いていけば、新しい名所旧跡を発見することもできるかもしれない。

 

神社仏閣のように、形のあるものだけでなく、日常の中で何気なく目にしている地名・土地の中にも平安時代は確かに存在する。そこが、歴史的にはあまり重要ではない場所であったとしても、その地に纏わる物語や和歌、そこから見える人々の思いにまで意識を向けることで、歴史を読み解く一つの手掛かりを得ることも可能だろう。また、我々は手掛かりを得ると同時に、今までその地に続いた歴史を強く感じざるをえなくなる。

 

新宿駅の話/東京紀行①

紀行 思い出すこと

 

東京に行くのは約7年ぶりだった。

7年前は新宿駅を母と二人で彷徨い、西口では目が死んでいるサラリーマンの波に飲まれた覚えがある。

新宿駅がいかに複雑かということを、当時は全く理解しないまま丸腰で挑んだため完膚無きまでに敗れた。駅員さんに3回道を尋ねたのに目的地に辿りつけず、結局飛び跳ねてティッシュ配りをするヤバそうなお兄ちゃん(伝われ)に助けてもらった。

 

しかし今回は違う。今回こそはスマートに新宿駅を攻略するぞと「迷うだろうから新宿で待ち合わせはやめようや」という友達に、雪辱を晴らしたいから協力してくれ今回は大丈夫だからとお願いして、新宿駅南口で待ち合わせすることにした。

 

地下鉄丸ノ内線の改札を出て、出口に向かうといつのまにか東口の方に出ていた。

7年前の記憶がありありと甦る。確かここから母との長い彷徨が始まったのだ。キャリーケースを引っ張り歩きまわった果てに、人生がどうでもよくなってなぜか途中で別に買う必要もない下着を買ったことも思い出された。

 

とりあえず地下に潜ればどうにかなるやろと、地下に潜る。突き進むと改札にぶつかった。これ以上は先に進めない。横に抜ける道もなさそうだ。地上に戻ればなぜかさっきと違うところに出る。南口に行くには地上で余裕と言っていた奴は誰だ。ここがその地上なのかもわからない。頭を抱えた。

東口、中央東口、東口広場階段、JR西口、京王西口、中央西口、東南口、新南口、サザンテラス口…そのほかにもまだまだ出口がある。日本中の出口でも集めているのか。もう自分の理解能力を超えていた。

 

友達との待ち合わせ時刻が迫る中、就活時、梅田で散々迷ったことを思い出す。

就活生だったとき、大阪梅田駅でも地下を彷徨い、面接に遅刻しかけたことが何回もあった。阪神百貨店の前を全力疾走したこともある。何度も人生を棒に振りかけた。(必死に走って間に合った面接で入社が決まり、そのあとメンタルをボコボコにやられて人生を棒に振っている気がしないでもない)

 

結局のところ、傲慢なのだ。何度痛い目を見ても、私は都会をなめたままだった。

自分の乏しい経験だけで「ま~どうにかいけるやろ!」と思っていた自分がいかに傲慢だったことを再度思い知らされた。博多駅も京都駅も優しく、それに甘えていただけだったのだ。

 

先に着いたらしい友達から電話が入り「迷ってるならとりあえずもう動かないで」と言われる。今いる場所を尋ねられてもおおよそのことしかわからない。何か目印になるものはないかと話しながら歩いていると見覚えのある場所に出てきた。南口だった。

「南口に着いた…!」

私にとっては感動的な出来事だったのだが、当然友達はあきれ顔だった。どれくらい迷ったかの話をすると「だから言ったのに」と言われる。ぐうの音もでない。

 

友達に連れられ道路の方へ出る。なんと道路を挟んで目の前に新宿駅がもうひとつあった。驚きのあまりひっくり返ってしまった。

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なんてことだ。魔窟がまた広がるのか。

新宿駅は無限に拡大され続け、出口も際限なく増殖して、今以上に慣れない地方出身者を路頭に迷わせるのだ。私のような思いあがりの田舎者を地下に飲み込んでしまうかもしれない。そしてそれを養分にまた新宿駅は大きくなる。永遠にだ。利便性は追求され続け、発展は止まないのだろう。人も集まり続ける。

その繰り返しの果てに人の全てを見た新宿駅は意思を持つようになり、やがて人をみんな飲み込んでしまうのではないか。

 

雑踏の中でそんな馬鹿げたことを思った。

飲み込まれたら私は一番最初に消化されるなと神妙な顔をしていたら、友達に「あの女の子あんたと同じリュック背負ってるよ」と言われ、空想は終わり、新宿駅は利用者を吸い込み吐き出しながら、変わらずそこにあった。

 

ビリーズブートキャンプはじめました

日常

ビリーズブートキャンプ(エリート)を始めた。

 

年末年始で輪をかけてだらしなくなった身体を絞りたいのと、就職で英語が必要になり、ビリーズブートキャンプなら運動もできてリスニングにもなって一石二鳥だと思ったためだ。

 

ビリーズブートキャンプにはこれまで3回挑戦したが、3回とも一日か二日でやめている。

今回こそは達成したい!と、インターネットで方法や評判について色々調べてみたところ、持っているDVDは元祖ビリーズブートキャンプではなく、それより軽めのビリーズブートキャンプエリートというものだということが判明した。

過去3回、こんなキツいの無理と思って挫折していたので「これで軽めか」と思うと眩暈がしたが、まずは始めることが大切だと思い一日目のプログラムに挑戦した。

初日の感想を残しておきたいと思う。

 

①ビリー隊長の掛け声がありがたい

体力がないのでついていくのに必死、ワンモアと言われると意識が遠のきそうになったが、頑張れば隊長が「グッジョブ!」「オーケー!」「イエス!」と褒めてくれるのでやる気が出た。最後の方は「グッジョブ」を聞くために必死に頑張った。久しぶりに褒められた気がする。

 

②後ろの人たちのテンションがひたすら高い

ビリー隊長の「グッジョブ!」の度に「フォーーー!」「イェア!」とみんな欠かさず喜ぶので、見ていて「みんなきつかったんだな…」と励みになる。プログラムが終わったわけでもないのにハイタッチを始めたりめちゃくちゃ叫んだりとリアクションが激しいので見ていて面白い。

 

③やはりキツい

日頃は長時間歩くくらいの運動しかしないので、全身を積極的に使った運動はとてもきつかった。終わってすぐ二の腕と太ももが痛くなった。明日以降の筋肉痛が恐怖だ。

 

④英語がまったく聞き取れない

「ライト」「レフト」「ダブル」「グッジョブ」「オーケー」「イエス」以外、ビリー隊長が何を言っているのかさっぱりわからなかった。画面の向こう側に一生懸命話しかけているので、こちらは勝手に励まされていると思っているがけなされている可能性だってある。

クールダウンの後、後方の人たちと肩を組みこちら側に熱く語っていたのも何を言っているかわからなかったし、汗をかいたままみんなでハグをはじめたのにも驚いた。汗をかいている他人とそのままハグはできないなベタベタやんけと思っているうちにプログラムが終わった。

日本語吹き替えも字幕もないバージョンのDVDのようで、このカスのような英語力だとビリー隊長のアドバイスもメッセージもわからないまま一生を終えていくことになりそうだ。

 

 

初日でテンションが上がっているせいもあって一か月続けられそうな気がしているけれど、いつものことでそんなに長くは続かないと思う。

まずは1週間無料お試しセット。

途中経過や結果をまとめられるような成果を上げられたらいいなと思う。

 

英語は英語で本腰を入れて学習していかなくてはならないと頭を抱えている。

今までも特に英語が得意だったわけではないが、2年弱のブランクで今まで持っていたはずの知識がまるっと抜け落ち(当たり前)一からのスタート。気が遠くなる。

ビリー隊長の言っていることがわかるようになるまで頑張りたい。

10代最後の余裕のないクリスマス

思い出すこと

10代最後のクリスマスを、わたしは浪人生として迎えた。

間近に迫るセンター試験のせいで焦燥感に駆られている時期だった。
周りの友達もみんなナーバスになっていて元気がない。自習室では浪人生が一人発狂して倒れた。救急車も来て大変な騒ぎになった。怖かった。


予備校は、福岡の繁華街の天神の果てにある。
ドロドロの精神状態で勉強する浪人生たちとは裏腹に、街はイルミネーションとカップルたちでキラキラしていた。
通学する朝はいい。豆電球が木にぶら下がっているだけなので、痛くもかゆくもなかった。
問題は帰りの夜。最寄りのバス停まで、イルミネーションで飾られた地下街を10分程歩いていかなくてはいけなかった。街が飾られるようになってから毎日忌々しい思いで歩いていた。


これまでも黒歴史を量産してきたが、10代最後の時期は特に「彼氏とかいらんでしょ!一人でも楽しい!リア充乙w」という、かなり拗らせた状態だった。本当に恥ずかしい。

選ばれる立場にいるような人間でもないのに、いらないというのは何様だろう。一人が楽しいなら楽しいでそれをいちいち公言するなと言いたい。
この時期にツイッターしてなくて本当によかった。今以上に香ばしいツイートを生んでいたと思う。

そんなことを言いながら、心優しいツンデレイケメンと付き合いたいと思っていたし、恋人がいる人が羨ましかったからなおさらたちが悪かった。


クリスマスイブ、予備校で自習を終えて帰路につく。街はいつもよりカップルがいて、めちゃくちゃ盛り上がっていた。舌打ちをした。乗るバスの運行状況を調べるとしっかり遅れている。これも全部この街にいるハッピー野郎たちのせいだと思った。舌打ちをした。

自分は行き場のない焦りを抱えているのに、脳内お花畑たちが街に溢れていて憎かった。いつも以上に地下街は人が多く、右も左もパーティー野郎ばかり。

地下街はやめて、地上の道を通って帰ろうと思った。地上の道は渡辺通という天神のメインストリートで、地下街よりもイルミネーションが多い。いつもは寒いし地下街よりキラキラしてるから避けていたのだが、地上ならこれほど混雑もないでしょ!と思った。


渡辺通を歩く。商業ビルのイルミネーションも気合が入っている。カップルも多い。ミスったなと思って、歩きながらふとバスが来る方向を見る。

乗るバスが遠くからこちらに向かっているのが見えた。運行状況だとあと20分程待たなくてはいけなかったから奇跡だ、地上歩いてないとバス来てるのもわからなかったし神の選択をしたなと思った。

しかしバス停まではまだもう少し距離があった。走らなければバスに抜かれ乗れなくなる。次のバスを待ちたくないから走ろう。そう思って走り始めた。


バスが近づいてくる。モタモタオタクなので足が遅い。それでも走る。必死の形相で輝く街中を走る。バスを見る。バスが信号で止まった。バス停はすぐそこ。勝った…そう思ってスパートをかけた瞬間、片足の靴がスポンと脱げた。
パンプスが後方に落ちた。わたしは驚いて前のめりで止まった。

ここは天神のメインストリート。しかも聖夜だ。周りはカップルばかり。わたしはひとり。数組のカップルが何が起きたの?と言いたげな表情でわたしの靴をちらっと見る。
もちろん誰かが拾ってくれるわけもなく、自分で靴を回収しにいく。
一人シンデレラだ。
久々に走って息も切れている。ゼエゼエ言いながら靴を履く姿は、誰も見ていないと思うが、我ながらとても滑稽だった。
惨めで心が折れるかと思った。

そんな中、バスの音が聞こえた。
そうだ、バスに乗りたくてこんなことになったんだ。これに乗らなきゃ意味がない。
バスに駆け込む。間に合った。息を切らして周りを見ると、チキンやらプレゼントやらを持った幸せそうな人がたくさんいた。ハアハア顔を赤くしているのはひとりだけで、心が挫けた。
せっかくの10代最後のクリスマスをこんな形で迎えるとは夢にも思っていなかった。そのあとはケーキを食べて勉強もそこそこに寝た。翌日はしっかり筋肉痛になった。


この間の日曜日、久々に天神に行った。
相変わらず街はイルミネーションでキラキラしていた。
帰りのバスを待っていたら、韓国人観光客にタワー行きのバス停の場所を尋ねられた。
身振り手振りも拙い英語も理解してもらえず、結局バス停まで連れて行った。
お礼にと温かい缶コーヒーを貰った。

二人と別れると、わたしの隣を乗るはずのバスが通り過ぎて行った。
走ろうかとも思ったが、奇しくもそこは靴が脱げた場所と同じだったので、走らないことにした。
次のバスを待とう。
今は無職ということもあるけれど、むやみにバスに駆け込まず、次の便を待つ、そんな余裕がある人の方が美しいと思った。
浪人のときのわたしに教えてあげたい。

焼肉と親睦会の親和性

思い出すこと

半年ぶりに家族と焼肉に行ったので、焼肉にまつわる微妙な思い出について書きたいと思う。

大学四回生の秋、所属ゼミ全体の親睦会があった。教授と三回生〜院生まで幅広い年代が集められた。会場は焼肉屋だった。

最初の席はくじ引きで決められる。コミュニケーションに消極的なわたしにとっては地獄のようなシステムだった。一つ下の代が我々の代の二倍近くの人数いたこと、その中にかなり痛めな女の子が数人いたのもさらに憂鬱さを加速させた。

特にすごい女の子がいた。以前の親睦会のとき、自己紹介で「食いしん坊です!あー!とにかくお腹空いちゃいました!早く食べましょうよ〜!」と言ったのである。自己紹介は全体の半数も終わってなかった。場の雰囲気はめちゃくちゃ微妙になった上、モリモリ食べちゃう女の子アピールをする女が嫌いなわたしはその子を特にヤバいやつだと感じた。食いしん坊なのは構わないから黙って食べてくれ。この子のそばになったらストレスで死んでしまうかもしれない。そう思った。

クジを引き「まさかあの子の隣にはならないよね。お肉食べられるから相当テンション上がってそうだわ」と友達に言って指定された席に座る。隣を見る。特にヤバい女の子が座っている。あっ、お疲れ様ですー!自分の引きの強さを呪った。

結局そのテーブルには、院の先輩、超絶ナルシストの同期のゼミ長、キラキラ後輩女子、口数少ない系後輩、食いしん坊女、わたしが座ることになった。友達が目で御愁傷様と言っていた。泣きたかった。

先生の挨拶も終わりいよいよ焼肉が始まる。案の定、食いしん坊女は「にくぅー!にくぅー!最近自分肉、食べてないんですよ!早く焼けないかなあ!」と暴れ始めた。心の底から知らんがなと思ったが、わたしの予想が当たっていてちょっと微笑ましい気持ちにもなった。

肉を焼いていたのは院の先輩とわたしだった。ゼミ長に先輩でなくお前が焼けと目配せする。ナルシストなので「えっ、しなのさん…俺の顔になんかついてる?」という。焼けや。三回生はまだいいとして、先輩が焼いてくれるのを何故見ているのか。
そして、微妙な無言の時間が続く。

先輩後輩とはこういう機会でしか顔を合わせることがなかったので特に仲が良いというわけでもなく、気さくな会話が特になかった。当たり障りのない話題は開始早々に終わっていた。響くのは肉うまい〜!肉最高!という後輩の声だけ。ヤバい。親睦を誰も深めようとしてない。ヤバいと思った。何か話題を振らねば。
先輩と後輩三人に声をかける。
「三回生はそろそろ卒論のテーマ決めてる時期ですよね?先輩もこの時期には固まってました?みんなは決まった?」
「…えっ?」
わたしの滑舌の悪さと焼肉の音で会話が届かない。ヤバい。
「卒論の、テーマ、決まった?(大声)」
キラキラ女子が声を拾ってくれたらしく、笑顔で答えてくれた。
「今昔と\ジュウウウウウ/「お肉おいしー!」?」
周りの音で答えが中途半端にしか聞こえない。お肉の感想を間に挟んでくる。わからなかったので、とりあえず愛想笑いを浮かべてみる。しかしどうやら質問を返されていたようだ。答えようがない。先輩も聞きそびれていた。間をかなり取ってえ?と聞き返して気まずい感じになる。周りがめちゃくちゃ盛り上がってるせいで声が相手に届かぬまま潰されていく。

「先輩は就活\ジュウウウウウ/ですか?」
「うん、就活?あっお肉できたからお皿に入れるね?あっ、内定…内定はだいたい\ワー/の時期だったよ」
「……?あっ、院はどんな感じですか?」
「楽しいけど\スゴーイ!/」
親睦もクソもなかった。
結局同じテーブルになった人とまともな会話ができなかった。肉を焼くタイミングやその分配にも気を遣った。みんな声が小さかったしコミュニケーションの努力もなかった。服が煙にまみれて悲しい気持ちになった。めちゃくちゃ疲れた。

その会で得たものは、焼くという作業と、音が発生する(そして特にこの場合は大衆の焼肉屋のため周りもうるさかった)焼肉は、親睦には不向きだなという気付きだけだった。頼むもの焼く食べるにお互いすごく気を遣うし、お肉を見ると興奮するやつもいる。そして会話を成立させるのに声を大きくしないといけない。

焼肉と親睦会の親和性は低い。親睦会で行く一番の理想のお店は飲み放題付きのコース料理が出てくるところだと思う。それとゆっくり話すには、少し静かなお店がいい。